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早稲田大学 理工学術院 大学院基幹理工学研究科 材料科学専攻

〒169-8555 東京都新宿区大久保3-4-1
早稲田大学 西早稲田キャンパス

 平田 秋彦(非晶質材料物理学 教授)

  • ガラスなどの非晶質材料の本質に迫る発見 ――数学的な発想が材料分野の新発見に寄与

Q 研究内容から教えてください。
 非晶質物質、いわゆるアモルファス(amorphous)材料を研究しています。非晶質として有名なのは、たとえばガラスです。材料としては結晶の方が一般的ですが、非晶質物質は結晶にはない性質を有することが知られています。両者のどこが異なっているのかというと、原子の配列のあり方です。結晶が秩序正しく配列されているのに対して、非晶質物質はデタラメに並んでいるように見えます。非晶質は原子が自由に動き回っている液体が、そのまま固まったような状態です。そこで、原子構造に注目し、アモルファス材料の物性をつかもうとしています。
 液体が固化する時に結晶化するのではなく、ガラス転移が起こるのはなぜなのか、まだわかっていません。いわゆる物理の未解決問題の一つです。実際、私たちも非晶質物質に共通するような原子配列も把握できず、構造上の特徴もつかめませんでした。ところが、解析を進めるうちに、原子構造や配列が完全にデタラメではないというシグナルをつかんだのです。


Q そのシグナルとは、どのようなものなのでしょうか。
 非晶質物質の構造については、古くからある理論が提唱されていました。1952年、フレデリック・チャールズ・フランク卿が提唱した理論です。それは「ガラス物質の局所的な構造はエネルギーが低く安定した20面体である」というものでした。しかし、金属では物質全体として密な構造をとるほうが安定なため、空間を隙間なく埋めることのできない20面体が構造の単位となることは実際には不可能です。長らくこの矛盾は解決できないままでしたが、私たちは世界で初めて、ガラス物質の局所構造を直接観察することに成功しました。さらに、この原子配列を数学者に解析してもらったところ、物質全体でそれぞれの構造が似た形をしていることがわかったのです。

Q ガラス物質の原子構造の観察とそこに隠された秩序について、もう少し詳しく教えてください。
 東北大学原子分子材料科学高等研究機構にいた頃、私たちはジルコニウムと白金の金属ガラスの原子局所構造を、直径0.4ナノメートル程度の細い電子線を照射する「オングストロームビーム電子線回折法」で電子回折パターンを入手することができました。そのパターンを「分子動力学シミュレーション」で解析したところ、ガラス物質の構造が「歪んだ20面体」であることが判明したのです。その構造は、正20面体と面心立方構造の中間的な特徴を持ち、20面体に近い構造を保ちながらも隙間なく配列できるものでした。さきほどの矛盾点をうまく解決できたわけです。
 この結果を、数学の先生方に依頼し、遺伝子解析などで使われる「計算トポロジー」を用いて、原子の3次元的なつながり方を解析してもらったところ、物質全体でそれぞれの20面体が似たような歪み方をしていることがわかったのです。これこそが、非晶質物質の隠された秩序の一端なのではないかと思っています。計算トポロジーという最先端の数学的知見が、材料科学の新たな発見に寄与してくれました。


  • 数学の発展が材料科学に新しい視点をもたらす

Q 先生の研究における数学者の役割を教えてください。
 私たちは実験を行って観察することと、計算機シミュレーションをすることはできます。数理系の先生方にお願いしたいのは、そのシミュレーション結果を解析することです。たとえば、電子線回折法やシミュレーションで、ガラス質の原子配列モデルが得られたとします。それは3次元の座標を示すx, y, zの数値が羅列されたデータです。私たちは、この数値が実験と矛盾するものではないことを確認することはできるのですが、その配列の秩序を見つけることはできません。デタラメに並んでいるようにしか見えないのです。
 ところが、数学の先生方と話し合いながら、解析を進めてもらうと、何かが得られることがあります。たとえば、下記の図はある原子配列を示したもので、赤と青のポイントが原子です。デタラメに並んでいるように見えますが、この配列を数学者がトポロジー的に解析すると、水色で示したポイントが浮かび上がってくるのです。完全にランダムであれば、直線になったり、一箇所に集まったりはしません。これが「隠れた秩序」の存在の可能性なのです。数学では2000年代に入ってから、トポロジー的な計算手法が急速に発展しており、このことが材料科学に新しい視点をもたらしています。


 
図 SiO2ガラスの構造モデル(赤:酸素、青:シリコン)と得られたトポロジー解析図(水色)


Q 材料科学専攻について教えてください。
 基本的には、材料や物質についての基礎学問を学びたい学生、材料科学を応用する上で必要なことを学びたい学生に向いている専攻です。あとは数理を学んできた学生で、数理を材料に応用してみたい人にはうってつけだと思います。材料に興味があるなら、たとえ材料の知識がなくても、きっと面白い研究ができるはずです。わからないことがあっても、何か思い浮かんだら積極的に発言・提案してほしいですね。
 大学院にしては珍しい構成ですが、材料科学専攻の教員は物質系、数理系、機械系がそれぞれ同程度の割合で在籍しています。相互交流が活発になれば、きっと新しい発想が生まれるでしょう。これまで述べてきたように、数理系の先生方は材料科学に新しい見方、考え方をもたらしてくれますし、機械系の先生方は、材料を実用的な視点で見ているので、より具体的なテーマを与えてくれると思います。また、これまでにも情報系や数理系の先生方と共同研究してきましたが、アイデアが思い浮かんだ時に、すぐ試してもらえるところも非常に心強いですね。


Q 新専攻の学生にメッセージをお願いします。
 大学院は研究を行う場です。答えがあって、それを解くという学部までの学問とは異なり、研究には答えがありません。知りたいことがあっても、いろいろなアプローチをしなければならないし、その結果、解けないこともあります。大変だと感じることもあるかもしれません。しかし、大学院に進学するなら、積極的に取り組んで欲しいし、楽しんで欲しいです。そして、未知への挑戦に必要な姿勢を学び、精神力を鍛えてください。




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